睡蓮と眠る

睡蓮と眠る

 

 

 

奥山慎一郎(おくやましんいちろう)

 


白井蓮薫(しらいれんか)

 


逢沢葉子(あいざわようこ)

 

 

 

 


慎一郎:・・・あー!!ダメだダメだ!!

慎一郎:ぜんっぜん!ダメだ!!

慎一郎:何も書けん!!何も思いつかん!!

 


葉子:・・・せんせ。どうしました?

葉子:大声なんか出されたら、また隣近所で怒られてしまいますよ?

 


慎一郎:あー・・・葉子君か。

慎一郎:・・・キミは恋愛という物をしたことがあるかな?

 


葉子:恋愛・・・ですか。

 


慎一郎:あぁそうだ。

慎一郎:私はこの世に生まれてから、一度も恋愛というものをしたことがない。

慎一郎:故に、恋愛という珍妙な物をどう書いていいのか、わからんのだよ。

 


葉子:恋愛をしたことが・・・ない。

葉子:そうですね・・・。初恋もないんですか?

 


慎一郎:初恋は恋愛と呼べるのか?

慎一郎:幼い頃に世話を焼いてくれた令嬢には・・・確かに恋心を感じていたが・・。

慎一郎:それとこれとは別ではないか?

 


葉子:ふふ。

葉子:殿方は幼くとも、立派になられても、変わらないと思いますよ。

葉子:乳飲み子と同じように求めてくるのですから。

 


慎一郎:何とでも言えばいいさ。

慎一郎:葉子君だって、恋の一つや二つ、経験はあるのだろ?

 


葉子:そう・・・ですね・・・。

 


慎一郎:それを私にご教授してはもらえないだろうか。

 


葉子:・・・秘密です。

 


慎一郎:何故だ!?

 


葉子:それは・・・胸に手を当て、ご自身にお聞きになればわかるのでは?

 


慎一郎:・・・それは・・・どういう・・・

 


葉子:ふふ。秘め事は無理やり聞いてはいけませんよ。

 


慎一郎:それも・・・そうか。

慎一郎:・・・あー!!だめだ!!何も思いつかん!!ちょっと出てくる。

 


葉子:いってらっしゃいませ。

 


慎一郎:あぁ、それと葉子君。

 


葉子:はい?

 


慎一郎:自由に出入りしていいとは言ったが・・・

慎一郎:戸締りだけはちゃんとしておくように。

 


葉子:ふふ。かしこまりました。

 : 

 : 

 :【間を開ける】

 : 

 : 

慎一郎:ふぅ・・・。

慎一郎:筆が止まるたびに公園を散歩。

慎一郎:それで、筆が乗るのか?奥山慎一郎・・・。

慎一郎:・・・自問自答の独り言が増えてきたな。

慎一郎:心の病にでもならなければ良いのだが・・・

慎一郎:・・・あ。しまった・・・また独り言を・・・。

慎一郎:・・・池か。

慎一郎:池に咲く・・・睡蓮・・・。こういうのはどうだろうか。

 


蓮薫:こういうの・・・とは私の事でしょうか?

 


慎一郎:あぁ。そうそう。

慎一郎:君のような女性だ。

慎一郎:ってうわっ!!想像していた美女が出て来た!?

 


蓮薫:ふふ。

蓮薫:慎一郎様がご想像されたのですから・・当たり前じゃあないですか。

 


慎一郎:それはそうだが・・

慎一郎:・・・頭でも打ったか?

 


蓮薫:頭を打ってはおりませんし、

蓮薫:悪いものを食べたわけでもありませんよ。

蓮薫:慎一郎様の実力でございます。

 


慎一郎:・・・登場人物を具現化できるくらいの実力

慎一郎:うむ!気に入った!!

慎一郎:そういう事にしておこう!!はっはっは!!

 


蓮薫:具現化・・と言っていいものではありませんね。

蓮薫:私は慎一郎様の瞳にしか見えない幻です。

蓮薫:他の人には姿は見えませんし、声も聞こえません。

 


慎一郎:そ・・そうか・・・残念だ。

慎一郎:真の文豪なら、その領域に辿り着くと思ったのだが・・・

 


蓮薫:それで・・・?私はこれから何をすれば良いのですか?

 


慎一郎:あ、ああ・・・そうだな

慎一郎:では、作中の男と恋に落ちて欲しいのだ。

 


蓮薫:恋・・・ですか。

蓮薫:今アナタの妄想で生まれた私が、いきなり誰かと恋をするのですか?

 


慎一郎:う、生み出したのは私だ。

慎一郎:しっかりやってくれたまえ。

 


蓮薫:でも・・・

 


慎一郎:あぁ、そういえば名前もまだ決めていなかったな。

慎一郎:蓮が薫と書いて蓮薫(れんか)。白井蓮薫はどうだろうか。

 


蓮薫:しらい・・・れん・・か。

蓮薫:いい響きですね・・・気に入りました。

 


慎一郎:そうだろう。では早速・・・

 


蓮薫:いいえ。まだ・・・

 


慎一郎:ええい!何が不満なのだ!!

 


蓮薫:本当の恋をしたいのです。

 


慎一郎:本当の恋?私が書いた男では不満なのか?

 


蓮薫:いいえ。アナタの書いた殿方はとても素敵だと思います。

蓮薫:ですが・・・。私がお慕いしたい殿方ではないのです。

 


慎一郎:では聞くが、蓮薫君。

慎一郎:今生まれたばかりのキミが慕っている相手とは一体誰なのかな?

 


蓮薫:・・・慎一郎様でございます・・。

 


慎一郎:・・・なに?

 


蓮薫:アナタも本当の恋を知らないのでしょう?

 


慎一郎:な、何故それを!?

 


蓮薫:ふふ。だって私、アナタの妄想なのですよ?

蓮薫:私が言えることは、慎一郎様が言ってもらいたい言葉だけです。

 


慎一郎:で、では・・・私自信が、自分の思い描いた登場人物に・・・

慎一郎:好かれたいと思っていると?

 


蓮薫:えぇ。そうです。

 


慎一郎:・・・まぁ。恥ずかしい事だとは思う。

慎一郎:だが、そんなことは私しか知りえないのだから・・・良しとするべきだな。

 


蓮薫:ふふ。では・・・よろしくお願いいたします。

蓮薫:私はここでいつもお待ちしておりますので。

 


慎一郎:ん?何故・・・此処だけなんだ?

 


蓮薫:私は睡蓮ですから。

蓮薫:慎一郎様はここで睡蓮を見ないければ、私を思い出すことができないのです。

 


慎一郎:そう・・・なのか。

 


蓮薫:えぇ。そうです。

蓮薫:また・・・会いに来てくださいね。

 


慎一郎:あ・・・あぁ。

 : 

 : 

 :【間を開ける】

 : 

 : 

葉子:せんせ。おかえりなさい。

 


慎一郎:・・・ただいま。

 


葉子:何か・・・ありました?

 


慎一郎:うーん・・・。散歩をしていた・・・はず。

 


葉子:それで、恋愛については何かわかりました?

 


慎一郎:・・・まぁ、これから考えるとするよ。

 


葉子:そう・・・ですか。

葉子:・・・ねぇせんせ。

 


慎一郎:ん?なんだ?

 


葉子:何か・・・あったんじゃあないですか?

 


慎一郎:・・・。

 


葉子:顔に書いてますよ?

葉子:いい事があったって。

 


慎一郎:そんな馬鹿な!?

 


葉子:ふふ。先生は顔に出すぎです。

 


慎一郎:・・・なぁ。葉子君。

 


葉子:はい?

 


慎一郎:・・・自分の作品の登場人物が・・自分に恋をするという事は・・・あるのだろうか?

 


葉子:んー・・・。すみません。言っている意味がよくわかりません。

 


慎一郎:自分で言っていて、意味が分からないんだが、

慎一郎:登場人物が私の目の前で頬を赤くして、私を慕っていると言ってきたのだぞ!?

 


葉子:登場人物が目の前に現れるというのは、まぁ百歩譲ってあるとしましょう。

葉子:先生は物書きなんですから。

 


慎一郎:・・・信じてくれるのか?

 


葉子:えぇ。私は先生が欲しい言葉がわかりますので。

 


慎一郎:そうか・・・そうかぁ!!

慎一郎:それでだな!!葉子君!!

 


慎一郎:私は今!!恋人がいるという事になるのだ!!

慎一郎:私しか見えなくて、私にしか聞こえないのが残念なくらいの美女なのだよ!!

 


葉子:それは良かったですねぇ。

 


慎一郎:・・・いや。まて。

慎一郎:まてまてまてまて・・・。

 


葉子:はい?なんでしょうか?

 


慎一郎:・・・先ほど言っていた言葉・・・。

 


葉子:言っていた言葉?

 


慎一郎:私が欲しい言葉が・・・わかると言っていたな?

 


葉子:えぇ。わかりますよ?

 


慎一郎:同じような言葉を登場人物に言われたのだが・・・。

 


葉子:ふふ。そうだったんですか。

 


慎一郎:葉子君・・・キミは・・・

 


葉子:でもせんせ。

葉子:私は先生の登場人物ではありませんよね?

 


慎一郎:あ、あぁ・・。確かに・・。

 


葉子:ふふ。別に先生の登場人物でなくても・・・

葉子:先生の気持ちはわかるんですよ。

 


慎一郎:・・・私はそんなにわかりやすいか?

 


葉子:えぇ。とっても。

 


慎一郎:・・・そうか。

 : 

 :

 :【間を開ける】

 : 

 : 

蓮薫:・・・へぇ。

蓮薫:そんな事が・・・。

 


慎一郎:あぁ・・・。

慎一郎:その後私が思っている事を全て当てられてしまってな。

 


蓮薫:ねぇ。慎一郎様。

蓮薫:慎一郎様は女心はご存じではないのですね。

 


慎一郎:おんな・・・ごころ・・・。

 


蓮薫:はい。女心です。

蓮薫:お慕いしている殿方が、他の女性の話をするというのは良い思いはしないんですよ?

 


慎一郎:・・・そうなのか?

 


蓮薫:えぇ。

 


慎一郎:・・・なぁ。一つ聞いていいか?

 


蓮薫:なんですか?

 


慎一郎:蓮薫は私の登場人物・・・つまり私の妄想で作られたのだろう?

 


蓮薫:そうですね・・・。

 


慎一郎:私が知りえない事を、何故蓮薫が知っているんだ?

 


蓮薫:ふふ・・。秘密です。

蓮薫:女は秘密が多い方が、素敵に見えると思いません?

 


慎一郎:・・・前に聞いたセリフだ。

 


蓮薫:そうなんですか?

 


慎一郎:・・・あぁ。だからか。

 


蓮薫:えぇ。そういう事です。

 


慎一郎:葉子君の言っていた・・・おっとすまない。

慎一郎:他の女性の話をしてはいけない・・・だったな。

 


蓮薫:・・・はい。

 


慎一郎:・・・そろそろ筆が進みそうだな。

 


蓮薫:私が出てくる小説ですか?

 


慎一郎:あぁ。そうだ・・・。

慎一郎:蓮薫のお陰でいい文章が書けそうだ。

 


蓮薫:いいえ。私は何もしていませんよ。

蓮薫:私は慎一郎様のお傍にいただけです。

 


慎一郎:蓮薫がいてくれたから、本が書けるんだ。

 


蓮薫:・・・慎一郎様。お願いがあります。

 


慎一郎:ん?なんだ?

 


蓮薫:・・・私を、抱きしめてはもらえないでしょうか?

 


慎一郎:・・・此処でか?

 


蓮薫:はい。此処で。

 


慎一郎:・・・。それは・・・一目があるではないか・・・。

 


蓮薫:見える人なんかいませんよ。

蓮薫:それに・・・私が慎一郎様に抱きしめてもらいたいんです。

 


慎一郎:・・・私が独りで何かを抱きしめてるように・・・見えるんじゃあないのか?

 


蓮薫:慎一郎様・・。

蓮薫:女性は、して欲しいと言われた時にやって欲しいものですよ。

 


慎一郎:・・・。

慎一郎:そう・・・か。わかった。

 


蓮薫:んっ・・・。

蓮薫:・・・ありがとう・・・ございます。

 


慎一郎:蓮薫?・・・泣いて・・いるのか?

 


蓮薫:これは・・・うれし涙でございます・・・。

 


慎一郎:・・・そうか。

 


蓮薫:どうか・・・もう暫く・・・このままで・・・。

 


慎一郎:・・・わかった。

慎一郎:

慎一郎:

慎一郎:

 :【間を開ける】

 :

 :

 :

葉子:・・・お帰りなさい。

 


慎一郎:ただいま。

 


葉子:・・・どうかしましたか?

 


慎一郎:あ、あぁ・・・ちょっとな。

 


葉子:・・・そうですか。

 


慎一郎:・・・聞いてくれないのか?

 


葉子:えぇ。聞きますよ。

 


慎一郎:・・・蓮薫の話をしただろ?

慎一郎:・・・抱きしめて欲しいと言われた。

 


葉子:抱きしめたんですか?

 


慎一郎:あぁ。

 


葉子:では、これで恋愛がどういう物なのか、わかったんじゃあないですか?

 


慎一郎:そう・・・だな。

 


葉子:・・・他に何かあったんですか?

 


慎一郎:蓮薫が・・・。葉子君。キミと同じセリフを言ったんだ。

 


葉子:へぇ・・・。そうなんですね。

 


慎一郎:二度も同じことがあったんだ・・・。

慎一郎:私は・・・もしかしたら・・・キミのの事を・・・。

 


葉子:せんせ。

 


慎一郎:な、なんだ?

 


葉子:・・・もう、いいじゃあないですか。

葉子:先生にはもう恋人がいるではありませんか。

 


慎一郎:所詮妄想だ!!

 


葉子:・・・ふふ。

葉子:いけませんよ。そんな事を言ったら・・・蓮薫さんが悲しみますよ?

 


慎一郎:悲しむ・・・?

慎一郎:妄想が悲しむだと?

 


葉子:えぇ。

葉子:だって・・・蓮薫さんは、先生の心に住んでいるんですもの。

葉子:浮気をしたと思えば、蓮薫さんは二度と先生には会ってくれませんわ。

 


慎一郎:・・・。

 


葉子:せんせ。

葉子:私は全然かまいません。

葉子:どうか蓮薫さんとお幸せになってください。

 


慎一郎:よう・・・こ・・・くん・・・。

慎一郎:

慎一郎:

 :【間を開ける】

 :

 :

 :

蓮薫:・・・浮気ってどこからが浮気だと思います?

 


慎一郎:・・・は?

慎一郎:いきなり何なんだ?

 


蓮薫:だって、慎一郎様・・・。

蓮薫:・・・なんでもありません。

 


慎一郎:・・・この間、葉子くんの事か?

 


蓮薫:・・・はい。

 


慎一郎:葉子くんも蓮薫も・・・

慎一郎:一体何故なんだ!?お前は私が作り出した妄想で・・・。

 


蓮薫:妄想だと、別に恋人を捨ててもいいと?

 


慎一郎:・・・

 


蓮薫:そう思われているのですね。

 


慎一郎:だが・・・そうではないか!!

慎一郎:お前は私の妄想で・・・他の誰にも見えないのだぞ!!

 


蓮薫:それがどうしたと言うのですか?

蓮薫:慎一郎様だけにしか見えぬ女では、何がいけないのですか!?

 


慎一郎:だから・・・

 


蓮薫:世間の目を気にされているのですか?

蓮薫:そんな物、見て見ぬふりをすればいいではありませんか。

 


慎一郎:それが出来たら苦労は・・・

 


蓮薫:慎一郎様。

蓮薫:ご自身の職業をお忘れですか?

 


慎一郎:・・・急にどうした。

 


蓮薫:慎一郎様は小説家。

蓮薫:しかも、頭に「売れない」がついてしまう小説家。

 


慎一郎:・・・何が言いたいんだ?

 


蓮薫:世間の目を気になさるのでしたら・・・

蓮薫:何故、ちゃんと働かないのですか?

蓮薫:何故、御国の為にシベリアに行かなかったのですか?

蓮薫:何故・・・。他の事で他人の目を気になさらないのですか?

 


慎一郎:だまれぇぇぇ!!!

慎一郎:だまれだまれ・・・だまれえええ!!!

慎一郎:お前に何が解る!?

慎一郎:生死を賭けた力作を生み出しても、

慎一郎:世の中ではゴミと扱われてしまう悲しみを・・・お前が理解できるか!?

慎一郎:限界まで絞り込んで生み出した言葉を・・・

慎一郎:他人に鼻で笑われる憎しみが・・・お前に理解できるのか・・・。

 


蓮薫:・・・慎一郎様はどう言って欲しいのですか?

蓮薫:肯定?それとも否定?

 


慎一郎:・・・わからん・・・。

 


蓮薫:ふふ。

蓮薫:どっちを言われても・・・慎一郎様は泣きそうになりますね。

 


慎一郎:・・・もう。やめにしよう。

 


蓮薫:・・・そう。ですか。

蓮薫:寂しくなりますね。

 


慎一郎:寂しい?

 


蓮薫:はい。寂しいです。

 


慎一郎:・・・。そう言って欲しいのか。私は。

 


蓮薫:ふふ。

蓮薫:どうでしょうね。

蓮薫:では、また何処かでお会いしましょう。

 


慎一郎:・・・あぁ。

 


蓮薫:さよなら。慎一郎様

蓮薫:

蓮薫:

 :【間を開ける】

 :

 :

慎一郎:・・・ただいま。

慎一郎:葉子くん?今日はいないのか?

慎一郎:葉子くん・・・。

慎一郎:・・・(溜息)

 


葉子:せんせ?

葉子:私を呼びましたか?

 


慎一郎:え?あぁ・・いたのか・・・。

 


葉子:えぇ。いますよ。此処に。

 


慎一郎:・・・蓮薫と別れたよ。

 


葉子:そう・・ですか。

 


慎一郎:あぁ。

慎一郎:なぁ葉子くん。キミはまだ私の事を好いているだろうか。

 


葉子:・・・直接言った覚えはありませんが・・・。

 


慎一郎:確かに・・・言ってはいなかったが。

慎一郎:そう感じたんだ。

 


葉子:・・えぇ。お慕いしております。

葉子:私も。蓮薫さんも。

 


慎一郎:・・・なぜ蓮薫が出てくるんだ?

 


葉子:だって。蓮薫さんとお付き合いしていたではありませんか。

 


慎一郎:・・・もう別れた。

 


葉子:それは蓮薫さんも承諾していることなのですか?

 


慎一郎:直接言った。

慎一郎:アイツは私の妄想なんだ。妄想に直接別れを言ったと言うのも変な話だが、

慎一郎:アイツもそれを承諾した。だからもう別れたんだ。

 


葉子:・・・と言っておりますが。

葉子:どうなんですか。蓮薫さん

 


慎一郎:・・・は?

慎一郎:葉子くん・・・キミは何を言って・・・

 


蓮薫:えぇ。私は寂しいと言いました。

 


慎一郎:!?

 


葉子:そうでしたか・・・。

葉子:先生と蓮薫さんはとてもお似合いだったと思ったんですけどね。

 


蓮薫:そう言って貰えて嬉しいのですが・・。

蓮薫:慎一郎様は葉子さんをお慕いしておりますので・・・。

 


慎一郎:な・・・なぜ・・・

 


葉子:ふふ。

葉子:私の場合、先生が私の事に気づいていなかったから。好いてくれただけですよ。

葉子:ねぇせんせ。

葉子:私の事・・・気づいていませんでしたよね?

 


慎一郎:何故蓮薫と話している!!!!

 


葉子:・・・ね?気づいてないでしょ?

葉子:私が先生の妄想でできているって事に気づいていないのよ。

 


慎一郎:そ・・・そんな・・・。

 


蓮薫:慎一郎様。私が気づかせてあげますね。

蓮薫:恋愛をした事がないとおっしゃられていましたが、はたして本当にそうでしたでしょうか?

 


慎一郎:・・・初恋か。

 


蓮薫:えぇ。その初恋の女性。

蓮薫:幼い頃に世話を焼いてくれた令嬢・・・でしたね。

蓮薫:その女性は、一体どんな方でしたか?

 


慎一郎:どんな人って・・・。

慎一郎:大人びていて、笑顔なのに、どこか涼し気な表情が魅力的で・・・

慎一郎:・・・葉子くんに似ている・・・。

 


蓮薫:その女性のお名前は?

 


慎一郎:・・・ようこさん。

 


葉子:・・・気づきましたか?

 


慎一郎:そんな・・・嘘だ・・・

 


葉子:いいえ。嘘ではありませんよせんせ。

葉子:アナタは私を妄想で作った。

葉子:昔好きだった、年上の女性。初恋の相手をアナタは作ったんですよ。

 


慎一郎:や・・・やめてくれ・・

慎一郎:それ以上・・・それ以上俺に話さないでくれ・・・。

 


葉子:いいえ。話します。

葉子:だって、私は先生の妄想。

葉子:アナタが言って欲しい言葉しか言えないんですもの。

 


慎一郎:だ・・・だれか・・・。

慎一郎:誰かたすけ・・・

 


蓮薫:無駄ですよ。

蓮薫:だって、慎一郎さんの周りには・・・誰もいませんもの。

蓮薫:家で帰りを待ってくれた女性は妄想。

蓮薫:慎一郎様を愛してくれた人は妄想。

蓮薫:・・・アナタには誰もいないんですよ。

蓮薫:皆アナタの周りから消えて行ったんですよ。稼ぎもしないで小説なんて書いていたせいで。

 


慎一郎:あ・・・あああ・・・・・

 


葉子:あら、どうやら私たちも消えてしまうようです。

葉子:・・・せんせ。また何処かでお会いしましょう。

 


蓮薫:さようなら。

 


慎一郎:ま・・・まって・・・待ってくれ!!!

慎一郎:一人に・・・独りにしないでくれ・・・!!!

慎一郎:

慎一郎:

慎一郎:

 :【間を開ける】

 :

 :

慎一郎:あれから・・・何日たっただろうか。

慎一郎:何日・・・孤独で小説を書き続けただろうか・・・。

慎一郎:完成したら・・・

慎一郎:此処に来たら、また二人に会えると思っていたのに・・・。

慎一郎:・・・ふふ。

慎一郎:蓮の花が咲いているじゃあないか。

慎一郎:死ぬには・・・いい日だな。

 


葉子:小説家。奥山慎一郎は溺死という形で生涯の幕を閉じた。

葉子:最後の作品は死んだ池の近くで発見される。

 


蓮薫:作品の内容は一人の男が妄想で二人の女性を生み出し、

蓮薫:恋愛をするが、上手くいかず男が独りになるというものだった。

蓮薫:作品のタイトルはこう書かれていた。

 


慎一郎:睡蓮と眠る。